2009年10月25日

思い通りにならないこと。

こんばんは、黄月です。今夜は[思い通りならないこと]について書かせていただきますね。

「あなたの幸せって何ですか?」と聞かれたら、手に入れたい人や物や環境を述べるでしょう。『自分の思い通りなることが幸せです。』と堂々と答える人様は殆どいないと思います。

ですが大抵の人様の本心は『自分の思い通りになることが幸せです。』なのです。幸せが何処にあるかを探した時に、自分の周囲環境の中を探し回ることでしょう。そして幸せが見つからずに、人生全部を幸せ探しに費やす人様もいるのです。

幸せが何処にあって、幸せが何かを知ることで随分と生き易くなると思うのです。黄月はたくさんの人様の心と接して来ました。たくさんの人様の心の闇を目の当たりにして来たのです。

幸せになることと、自分の思い通りになる現実を望むことを同一視している人様の心の中には必ず大きな黒い闇が存在しています。幸せをもたらすのは人様や環境だと信じる勘違いが大きな黒い闇を作り出しているのです。

人様は人様、自分は自分ときちんと割り切って考えられることが基本で、更に自分の思いと人様の思いが相反することもあることを現実的に受け入れて生活しなくていけないのです。

自分の幸せがそのまま人様の幸せに置き換えことは大抵は無理な話なのです。自分の幸せの為に人様が辛い思いをすることもあるし、人様の喜びが自分の不幸を呼び寄せることもあることを知り、それを否定しないようにして欲しいのです。

例えば恋愛に置き代えてみましょう。自分が相手に求めることと、相手が自分の施すことに差が生じてしまった場合、あなたは相手を許せますか?。許すことで恋愛は継続できるかも知れません。許さないことで恋愛は終結してしまうかも知れません。

どういう結果になっても、相手を責めてはいけないのです。自分が許せなかったり、相手が許せなかったりした場合、自分の思い通りにならない現実が生まれ出ています。その自分の思い通りにならない現実を受け入れることができれば、恋愛が継続しても終結しても、自分にとってはとても良い経験となって心に刻まれるでしょう。

ですが自分の思い通りにならなかったと怒りを持ったまま、次のステージに進もうとしても上手くいかない現実はそのまま継続してしまうのです。恋愛の場であっても同じ過ち、同じ失敗を繰り返して悩んでいる人様の殆どは体験をきちんと消化していないからなのです。

人を愛することは自分を否定することでも卑下することでもありません。相手の為に自分の全てを愛という形に変えることが人を愛するということなのです。自分の犠牲の上に相手の幸せが実現するならば、自分の犠牲を厭わない、相手の幸せを自分の幸せだと思えたならば、それが本当の慈愛なのです。

恋愛を含むすべての人間関係の基本は相手に依存しない、相手に寄りかからない、相手に過剰に求めないことです。自分の思い通りになって下さい、と相手に望むこと自体が不幸を生み出すのです。

幸せになりたければ、自分と相手の立場を良く考えて、お付き合いをして下さい。幸せになりたければ、労力を惜しまず、心の修行にせいを出して下さい。

「自分の思い通りにならない」ことは何もありません。人様に何も求めなければ、自分の思い通りにならないことなど何もないのですから。やたらと自分の幸せだけに焦点を当てて生きていると、幸せさんが遠ざかっているように感じます。そして目の前にある幸せさんにも気付かずに素通りしてしまうのです。
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2009年09月26日

幸せになりたい症候群。

こんばんは、黄月です。今夜は[幸せになりたい症候群]について書かせていただきますね。

人は何かにこだわり、何かに頼って生きている存在です。どんな聖人君子であっても心の拠り所を求めて彷徨ったはずです。悟りを開いた偉い神仏道家は『悟り』に依存したからこそ、心と魂の平安に辿り着いたのです。

何かにこだわり頼ることによって生活の質が向上するならば、それは正しい依存の現れです。ただ、依存対象が間違ったり、依存が過度になれば時流に乗って上手くいく道に進むことはできなくなるのです。

黄月の周りにも依存体質者はいます。恋愛、仕事、お金、ギャンブル、薬物、借金、浪費、霊的存在など依存対象は様々です。そして一番厄介なのは「幸せになりたい症候群」です。これは幸せという不確実な存在に依存し追い求めるというものです。

黄月は哲学書や心理学書、形而上学書などを読み込み、心の不安定さの原因が見えてきたような気がします。恋愛依存症という厄介な依存症と戦う人様をどう救うか?そのことを考えていると、もう一つの側面が見えてきました。

黄月は心理学的な難しい言葉で人様の苦しみを語ることが嫌いです。ですから、「片づけられない症候群」「恋愛依存症」「±思考」などと症状的に理解しやすい名前を付けてお話をしてきました。

今度は『幸せになりたい症候群』と名付けることにしました。恋愛依存症と重なる部分の多いこの「幸せになりたい症候群」ですが、根本的に違うのは、『満たされることがない』という部分です。

恋愛依存症は自分の希望の恋愛を見つければ、その恋愛期間中だけは心は満たされています。ですが「幸せになりたい症候群」はどんなに愛されてもどんなに大切に扱われても、満たされないのです。人様から見て幸せであっても、自分ではいつまでも不幸だとしか思えない辛い状態です。

この「幸せになりたい症候群」がベースとなって色々な精神症状が重なっているように感じます。うつや依存症の治療や心の調整をする場合には、その人様の幸せのレベルを鑑定しつつ、その幸せの感じ方をも調整する必要があると思います。

では、どうして「幸せになりたい症候群」になるのかと申し上げますと、それは喜怒哀楽の経験の欠乏です。幼少時から成人になるまで十分に喜怒哀楽の経験を積まないと、本当の喜びや悲しみが理解できません。幸せと不幸せのギャップを知るという基礎学習の欠如が問題なのです。

幸せというぬるま湯にずっと浸かっていると、それが幸せの最低ラインとなります。そしていつまでもそれ以上の幸せを求め続けるのです。自分の居る状態が幸せと感じなくなるのです。それ以上を求めること、人生の全てを幸せ探しに費やす結果になるのです。

視点を変えるきっかけがなければ、いつまでも自分の幸せが見えてきません。幸せになりたいのに、不幸せな部分ばかりに焦点を合わせて生きているだけなのです。

幸せになりたい、幸せになりたい。そう考えることは悪いことではありません。ですが、幸せとは何かを知らないと、まるで観音様の尻尾を探すような旅になるのです。あるはずのない存在を追い求めて彷徨うのです。

『幸せとは何ですか?』自分の思い通りに人様が動くことですか?自分の欲しい物を全部手に入れることですか?

幸せになりたいならば、楽しみ喜び嬉しさと同じくらいに、苦しみ悲しみ辛さの経験を大切にして下さい。苦しみ悲しみ辛さから逃げずに、しっかりと向き合って下さい。幸せも不幸せも同じ経験です。いくつもの経験の積み重ねが人生なのですから。
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2009年08月03日

自分を知る。

こんばんは、黄月です。今夜は〔自分を知る〕について書かせていただきますね。

誰でも自分と人様とを比べます。比べて落ち込んだり、喜んだりと感情を転換します。自分の境涯と人様の境涯との違いを比べる為の物差しを持っているかのように。

黄月は霊的修行を始めてから、自分は自分、人様は人様と一線を引くようになりました。比べる必要も比べる価値もないことに気づいたのです。

人は生まれながらにスタートライン自体が違っています。裕福な家庭に生まれる命、貧しい家庭に生まれる命。境涯自体に差があるのです。それなのにどうして比べられるのでしょうか?比べる為の正確な物差しは誰も持っていないはずなのです。

人は自分の一体何を知っているのでしょうか?どんなに霊的修行をしても理解できないのが『自分自身』という存在です。親鸞聖人の如く、考えても考えても理解できない存在が『自分自身』なのです。

黄月は人様に振り回されることが多くて苦労しました。霊的修行を始めて『自分自身』と向き合うまでは本当に波乱万丈生産する役目がある?と勘違いするくらいに、『自分自身』を知りませんでした。現在でもまだまだ知らない部分は多くありますけどね。

『自分自身』を知らないのが当然です。そして『自分自身』をコントロールできないのが人間なのです。人間は自分の意思で現世に出でたのではありません。大いなる存在によって現世に与えられた存在なのです。ということは、『自分自身』を知らないのが当然であり、不思議なことではないのです。

現世に与えられた理由のひとつに『自分自身』を知るという役目があるのです。得たいの知らない存在である『自分自身』との戦いに勝利するということは、自我のコントロール、欲望のコントロールに成功することを意味するのです。

好き勝手に生きる為に生まれたのではありません。自分の思い通りに生きる為に生まれたのでもありません。それぞれの魂が抱く、それぞれの人生を楽しみ喜ぶ為に生まれてきたのです。

その為にはそれぞれの魂と歩調を合わせて生きること、自分と同じように他の魂も尊重することです。そうするしか楽しみも喜びも得ることはできません。それぞれの魂はお互いを尊重し合い愛し合う為に同じステージに立っているのです。

自分だけが幸せになりたい、自分だけが愛されたいという想いをどうか捨てて下さい。自分も幸せになり、全ての人様も幸せになって欲しいと心から願って下さい。

誰もが幸せになれるのです。競争しなかったら、言い争いをしなかったら、詐取しなかったら、殺し合わなかったら。お互いに争う為に現世に与えられたのではありません。

現世に与えられた意味を考えて欲しいのです。誰でも自分が一番かわいいのです。それは誰もが同じように感じている感覚です。自分が一番かわいいから、自分だけを大切にするという考えを捨てなくては、平和な世の中は現れません。

憎しみ、憂い、妬みを捨て去ることでしか、幸せにはなれないのです。全ての魂は意識で繋がっています。自分が幸せでなければ、人様も幸せにはなれません。そして人様が幸せでなければ、自分も幸せにはなれないのです。

大いなる存在は全ての魂を繋いでいます。『自分自身』を知ることで、人様を知ることができるのです。自分自身を愛することで人様を愛することができます。誰よりも大切な自分の為に、全ての魂を慈しんで下さい。全ての魂の存在を認めてあげて下さい。

それぞれが意味があって現世に与えられています。決して無用な魂は存在しません。どんなに苦しい時でも、どんなに悲しい時でも、人様を大切にしたいという想いさえあれば、きっと苦しみ悲しみから解放されるのです。

その為に『自分自身』をまず知ることです。自分の命の重さを知って欲しいのです。自分の命も重さも、人様の命の重さも等しいことを思い出して下さい。誰もが生きる権利を持っています。誰もが幸せになる為に現世に与えられたのです。

黄月は人様に振り回される原因を探ったことがあります。霊的修行が進むまで、苦しみや悲しみや辛さは人様からもたらされたのだと勘違いしていました。霊的修行が進み、ほのかに『自分自身』と向き合え始めた時に、苦しみ悲しみ辛さは、『自分自身』がもたらしたのだということに気づきました。

『自分自身』を知ることを怠っていたことに気づいたのです。何よりも身近な存在、何よりもかけがえのない存在である『自分自身』をよく知らなかった為に苦しみ悲しみ辛さを引き寄せていたことに気づいたのです。

黄月は『自分自身』を知り始めて変わりました。自分にも厳しくなれたのです。人は誰でも自分を大切にし守ろうとします。ですがそれが過剰になればなるほど、自分の我侭だけは許してしまうようになるのです。知らず知らずのうちに、人様から自我のコントロールができない人と評価されるようになるのです。

『自分自身』を知ることは怖いことではありません。ありのままの『自分自身』を知ることで始めて、自分自身の心と魂が一致するのです。心と魂と肉体とがバラバラでは現世ではうまく生きていけないのです。

勇気を持って『自分自身』と向き合って下さい。そしてありのままの『自分自身』を受け入れて愛してあげて下さい。わかる範囲で良いのです。そうすれば、きっと幸せになれますよ。
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2009年07月29日

気のバランス。

こんばんは、黄月です。今夜は〔気のバランス〕について書かせていただきますね。

先ほどまでテレビを見ていました。すると開運風水の特集をしていました。黄月も風水を取り入れています。カリスマ風水師と呼ばれる人様の華美な邸宅が映し出されていました。

開運の為に風水を取り入れることは素晴らしいことです。ここがちょっと悪いから○○で補う、ここを○○色にすれば金運が良くなる。んんん????

物事にはバランスが大切です。一ヶ所だけを特別にパワーアップすればもう片方とのバランスが大幅に狂います。一ヶ所だけに集中するのではなく、一つの部屋に集中することなく、バランスの良い風水術を実践することをお勧めします。一般人ができる風水と一般人に向かない風水とがあります。

黄月はずっと昔に黄色の財布を使っていました。もちろん金運アップが目的でした。黒や茶系の財布しか使わない黄月でしたのでとても違和感を感じながらの挑戦でした。西に黄色?その言葉にも従い、帰宅すれば黄色の財布を西側のテーブルの上に供え?ました。

そして1年が過ぎました。結果はものの見事に惨敗でした。もともと宝くじ運の強い黄月です。小当たり専門でも宝くじ系(ロトくじ)ではマイナスになったことのない黄月が1年間トータルで3万円の赤字を出しました。

とにかく小当たりもしないのです。どうして当たらなくなったんだろう??そう考えながら半年を経過。そして残りの半年は当たらないのが当然のような感覚で宝くじを買っていました。当たらないのが当然??

黄月は当たらないのが当然と考えながら宝くじを買う人ではありませんでした。ですが、とにかくマイナス思考で宝くじを買い続けている自分を観察するような感覚で黄色の財布を使い続けたのです。

そして1年後、黄月は黄色の財布を感謝を込めて焚き上げました。役目を終えた道具は大切に処分しなくてはいけません。どのような道具であれ、気持ちを込めた道具に対しては敬意を持ってお別れをします。

そしてインターネットで以前使ってたのと同じ黒の財布を購入しました。黄月は店頭に並んでいる財布は買いません。できるだけ人様の手に触れていない商品を選びます。皮革メーカーで生産後直ぐに発送してくれる会社の財布を使っています。

そして真新しい黒の財布が届きました。そしていつものように『私にたくさんお金を運んでくれてありがとうございます。』と話しかけながら現金を入れ、免許証やポイントカードを入れました。それから1ヶ月もしない間に低下していた運気は復活しました。小当たりするようになったのです。

現在はしっかりと化殺風水師の指導の下に水晶や龍を取り扱っています。ですから極端なこのような経験はしなくなりました。黄月にとっては良い教訓となった黄色の財布です。

よく友人にどうすれば開運できる?どうすればお金が貯まる?と聞かれます。黄月は絶対に『黄色の財布を使いなさい』とか『西に黄色』、『玄関に鏡を置きなさい』などとは言いません。

インテリア風水や開運風水ではまず成功した人様はいません。黄月はそのような施術により運気のバランスが崩れ、違ったマイナスの影響がでることこそが危険だと思うのです。

運気を上げようとして、知らない間に運気が下がっていることに気づける人様は殆どいません。風水師でも気づかない人様が多いのです。風水羅針盤の読み方を知っていても邪気は払えないのです。

霊媒体質者がやたら風水にはまったり占いにはまると、もっと状況が悪くなる場合があります。運気向上を目指すならば、環境よりも心と魂の状態の改善が必要ですからね。それをせずに環境をいじるのは、低級霊に『いらっしゃい』と言っているようなものですから。

黄月は黄色の財布を使うことで、金運が上昇してお金持ちになれるように錯覚していました。黄色の財布がお金を運ぶ、はずでした。ですがお金は出て行くばかりで宝くじも小当たりもしません。その状況でどんどんとマイナス思考に陥りました。

もともとギャンブルが大嫌いな黄月です。ケチンボの黄月ですから小当たりしない宝くじにお金を使うととても気分が悪かったのです。半年も経たない内に、原因は黄色の財布にあるのではない、黄月の心の状態にあるんだと気づきました。

ですが、真相を知りたかったのです。このままの気持ちでずっとこの黄色の財布を使い続けたらどうなるか?つまり実験的な気持ちでこの黄色の財布を使い続けました。そして結果は、やはり原因は心の状態にあったと再確認できました。

黄月が心の状態を引き上げてこの黄色の財布を使っていたら?それでもお金は入ってこなかったと思います。(ただこれ程の損はしなかったとは思いますが。)今言えることは、お金が欲しい、お金が欲しいと言う想いがとても強くなっていたことが敗因でしょう。黄月は元々お金が欲しくて宝くじを買っていたのではありません。運試しのつもりで買っていたのです。

それが黄色の財布の魔力?のせいで、お金が欲しい、お金が欲しいと念じるように心の状態が変化しました。贅沢な生き方とは無縁の黄月です。いつも『全てに感謝します。黄月は幸せです。』と心の中でつぶやきます。○○が欲しい、○○が足りないと考えないことで得られる幸せを手に入れていました。

今では笑い話となってはいますが、直後はとても落ち込みました。黄色の財布が悪いのではなく、欲にかられて自分を見失った黄月が悪かったのですから。ですが、物には波動があります。自分と合わない波動の物を手にすることで、運気が低下することは良くあることです。そして物に依存して運気を上げようとか、不幸な原因を人様や霊や物のせいにする生き方している限り、幸せにはなれないのです。

幸せは自分の心と魂と肉体のバランスに応じて感じられる感覚です。お金が欲しければまず心の状態を引き上げること、魂を浄化すること、そして現世にある肉体を大切に取り扱うことですね。心と魂と肉体のバランスが整えば気のバランスも整います。気のバランスが整えば、良い気だけが集まってきます。すると意識しなくてもお金に困らない生活ができるようになります。
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2009年07月24日

読書の効果。

こんばんは、黄月です。今夜は〔読書の効果〕について書かせていただきますね。

黄月は読書が趣味です。最近では寝る時間を惜しんで本を読むこともあります。読書の魅力に取り付かれてから人生が変わりました。

一冊の本によって人生が変わったと言う人様がいます。黄月もそのひとりです。黄月にとっての読書はストレス解消の効果もあります。本を読むことで、意識を悩みや苦しみの方向から引き離してくれるのです。

つまり現実逃避ではない次元での気持ちの切り替えです。ストレスを溜め込むとひとつの問題点や苦痛点に気持ちが向きっぱなしになります。食事をしていても、お風呂に入っていても、友達と食事をしていても問題点や苦痛点のことばかりを考えてしまうのです。

ずっと考えたくない現実の方向に気持ちが向いていると、どうしてもマイナス思考になり、偏った判断しかできなくなります。問題点や苦痛点にしっかりと向き合った後は、できるだけ早く気持ちの切り替えをするべきです。自分の心を守る為にそうするべきなのです。

苦しい悲しい辛い状況から逃れるのには、人それぞれに合った方法があるでしょう。音楽を聴いたり趣味に興じてみたりと。ですが苦しい悲しい辛い状況はそんなに簡単に忘れることはできません。ストレスを発散するのにスポーツは効果的です。ですが思考を切り替えるまでには効果を発揮できません。

とにかく頭の中からマイナス思考を取り除く動作をすれば良いのです。人間は一度にひとつのことしか考えられません。楽しいことや嬉しいことを考えていると問題点や苦痛点から気持ちが離れています。その為に頭の中を別のことでいっぱいにしてあげるのです。

スポーツや音楽を聴くことや趣味に興じることも多少効果はあります。ですが思考を使った作業をしなくては気持ちは切り替えることができないのです。何か別のことを考える、何か別のことに熱中する、楽しいことだけを考えることで嫌なことを忘れる瞬間が生まれるのです。

読書ははまれば次元の違う世界に気持ちを向けることができます。小説であっても自己啓発書であっても、自分が打ち込める分野の本を選んで下さい。漫画では効果は薄いのです。とにかく活字を読んで考えるという動作が必要です。

黄月は自己啓発書や哲学書、形而上学や心理学の本を選びます。ちょっと難しいと思える程度の本を選ぶのです。自分で考えて、自分で納得できる内容であれば、読書からたくさんの学びを得ることもできるのです。

黄月は本からメッセージを受けることが多いですから、とにかく気になる本は片っ端から読みます。興味のある内容ならば購入しますし、それ程でもない内容ならば立ち読みをしたり図書館で読みます。購入した本は立て続けに2回読みます。しっかりと内容を噛み砕き自分の養分にする為です。

ストレスが溜まると本屋さんに行く、それが黄月の心の健康法ですね。こんな素晴らしい健康法に出会えて本当に幸せだと感じています。最近はめったにテレビも見ません。ラジオも聞きません。情報に振り回される時間を学びの時間に充当できるようになりました。

耳から入る情報には2種類あります。必要な情報、必要でない情報です。必要な情報はそれ程ありません。殆どが必要でない情報ばかりです。メディアから流れるのは辛い悲しい苦しい現実。同じ量の喜び幸せ楽しさの情報が流れているのであればメディアに耳を傾ける価値があるのかも知れません。

苦しい悲しい辛い現実ばかりを見せられていると、心の中の闇が反応します。マイナス思考の芽が騒ぎ出すのです。辛い辛いと叫ぶ人様の声が自分の心の声と同調しては上手くいかなくなるのです。

不平不満、責任転嫁、無責任を当たり前だと受け取ってはいけないのです。メディアから流れる汚水を喜んで飲む必要はないのです。清らかな水を飲んで下さい。清らかな水は本の中に流れているのです。

黄月は考えることが大好きです。どんなに辛いことであっても思い悩んで結論を出そうとします。それは起承転結を大事に考えるからです。結果だけを考えるよりも、その一連の出来事の流れを噛み砕いて、良い結果でも悪い結果でも導き出された結果を受け入れます。

気の短い黄月です(笑)。気が短いという自分の欠点を知っています。だからじっくりと考える習慣を身に着けたいと願うのです。自分の思考と感情の取り扱い方法は正しいか?、自分の物事への取り組み方は正しいか?といつも考えています。

自分はいつでも正しいと考えるとドツボにはまることがあります。自分の思考と感情、そして物事への取り組み方は日々変化します。状況判断を誤らない為にも繰り返し考えることが必要なのです。

読書をすることで自分以外の人様の考えを知ることができます。偉人や宗教家だけでなく、たくさんの分野の人様の書いた本をお読み下さい。自分の世界で物事を考えることよりも、広い世界で考えられるようになった方が幸せです。

そしてたくさんの人様の考えを読めば読むほど、自分という存在が大好きになります。自分のことが大好きになれば、自分を大切に扱うようになります。自分を大切に扱えるならば、きっと人様との人間関係にも良い影響が生まれるでしょう。読書は心の許容量を広げます。

苦しい辛い悲しい時こそ、読書をして下さい。自分の苦しみ悲しみ辛さを癒すことができるのは自分だけです。他の誰に助けを求めてもどうにもならないのです。人を憎み恨んでも問題は解決しません。自分の心を守る為にも気持ちの切り替えが必要です。そしてそれと同時にたくさんの学びを手にして下さい。

黄月が最近読んでお勧めしたいのが、野口嘉則さんの『3つの真実』、ジェームス・アレンさんの『原因と結果の法則』です。両方ともとても小冊子です。ページ数も多くありませんし、難しい引用もありません。是非読まれて下さい。
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2009年05月31日

黄月の挑戦。

こんばんは、黄月です。今夜は〔黄月の挑戦〕について書かせていただきますね。

黄月は短気です(笑)。表面上はかなり気が長い『フリ』をしているんですが。

黄月の趣味は人間ウォチングです。人間に全く興味のない黄月だからこそ、人様を見る修行をさせられている?ような感覚で、他人を観察し始めたのです。

人間ウォッチングを始めた訳は、「黄月さんは誰よりも霊界に近い人です。身は現世にあっても心は彼岸にあります。現実的な感覚を学び、人らしく生きなさい。」と言われたことがきっかけです。

誰よりも霊界に近く、誰よりも現実離れした感覚が黄月のストレスの原因でした。人様が普通に考えること、人様が普通に行動することに違和感を感じる黄月。人様と歩調を合わすことなんて全く考えたことがなかったのです。何でも自分の思い通りになる、なるべきなんだという錯覚が黄月の心を占拠していたのです。自分の思い通りにならないことがあるとひたすら落ち込み、攻撃していたのです。

人様を攻撃する、人様にご迷惑をおかけする言動の数々。それらのマイナスの意思は結果的には全て黄月に戻って来たのです。体調が悪くなり、日常生活も上手くいかない、そして人間関係もギクシャクするようになっても、それらの原因が何なのか気づかなかったのです。

誰しも幸せになりたい。自分だけは幸せになりたいと思うものです。誰よりも幸せになりたいから、人様を蹴落としてでも前に進もうとすることは正義なのか?。人は誰でも幸せになる権利を持って生まれています。誰でも幸せになり得るのです。幸せになれない理由は何か?と考えないから幸せになれないだけなのです。

黄月はよく自分の周囲の人様を観察します。周囲の人様を見ると黄月自身の境涯や心と魂の位置が分かるのです。「類は友を呼ぶ」の法則に従って自分を中心に周囲は動いているのです。

今日は黄月の周囲の人様がよく笑っている、穏やかな表情で過ごしている。そうならば黄月も一日中穏やかに楽しく過ごせるのです。今日はやたらと周囲が騒々しい、何かと口答えをする部下がいると感じる時は黄月自身もちょっと心と魂の位置が下がっているのかな?と言う風に考えるのです。

それぞれがそれぞれの感覚で生きています。それを否定したり批判する気持ちを捨てて、まずは自分自身が心と魂の位置を引き上げることを考えて下さい。そうすれば周囲は穏やかに笑顔で過ごせるのです。

自分はこんなに頑張っているのに、と愚痴をこぼす人様がいます。ですが、自分で自分を評価すること自体が無駄なのです。人様は人様、自分は自分と割り切って、評価されない理由をじっくりと考えれば良いだけです。じっくり考えれば、人様の評価よりももっと大切なモノがあることに気づくでしょう。

そうです、自分の願望や要求と人様の願望や要求が必ずしも同じではないことに気づくのです。そして自分が幸せになることで人様が幸せになれないかも知れないという状況だってあり得ることを受け止めるのです。幸せは自分の心が決めるのです。自分の幸せを人様に押し付けたり、人様も自分と同じような出来事を幸せと考えていると思い込んではいけないのです。

それぞれが自分にあった幸せを見つければ良いのです。幸せにできるのは自分だけであり、人様の幸せにまで口出しすることは決して良い言動ではありません。自分が幸せになることで、周囲の人様も幸せになって欲しいと願って下さい。

きっと『類は友を呼ぶ』の法則で、自分の幸せが人様の心に穏やかで楽しい感覚を与えることができるでしょう。

黄月は最近怒ることを辞めました。立場的に叱る必要はあります。ですがやたらと感情を表面化することを一切辞めています。そして何事にもまず感謝すること意識しています。

朝起きる時に、「今日も一日穏やかで楽しく過ごせますように。」と自分自身の心に語りかけます。些細な不都合や出来事に振り回されないように自分に言い聞かせるのです。

人はちょっとした出来事で感情が起伏します。それが楽しみや喜びの感情ならば良いのですが、人様の言動や自分の失敗により恨みや妬みや怒りの感情が湧き上がりそうになると、それをその場で打ち消すのです。そうすれば、そのようなマイナス思考を持ったまま一日を過ごさなくて済むのです。黄月はいつも心の中に凪の青い海をイメージしています。そしてその美しい海に抱かれている自分を感じているのです。

真っ青い空と凪の海。その色は限りなく澄んだブルーでその中で黄月はぽかりとゆったりと浮かんでいるイメージです。黄月は今でも彼岸に近い存在です。だからこそその場所のイメージが浮かぶことがあります。それらに振り回されることなく、現実世界で精一杯生きる黄月を大切に考えているのです。

スピリチュアリストの殆どは現実世界よりも精神世界を重視して生きています。ですが黄月は精神世界で生きることよりも現実世界で生きることを選びました。その時点から身を置く現実世界での修行を大切に考えています。精神世界で生きることよりも、ドロドロと欲と我に満ち溢れた現実世界で生きることの方が黄月には似合っていると感じたからです。

ですが最近思うことがあります。しっかりと現実世界にグランディングできたせいでしょうか、現実世界の中にも癒しや喜びや楽しみがたくさん存在していること。人様と歩調を合わせて生きることの素晴らしさ、心と魂と肉体のバランスの調和から齎されるたくさんの幸せ。黄月の選択は間違っていなかったと思うのです。

黄月は相変わらず安月給で仕事をしています。ですが充分満ち足りた生活をさせていただいています。数ヶ月前にパソコンが壊れました。黄月は新品のパソコンが欲しい訳でなく、『パソコンが欲しいな。』とぽそっと心の中でつぶやきました。

すると次の瞬間、妹の口から「壊れたパソコンあるけどいる?殆ど使っていない新品だよ。修理して使ってね。」。驚きました。そしてその新品のパソコンはその日のうちに黄月の家に届きました。そして故障の原因を探っていると、ふとパソコンに詳しい友人の顔が思い浮かびました。『○○君ならばどうするかな?』と考えた瞬間、故障だと思われていた原因が脳裏に浮かびました。

そしてその原因を取り除く作業に5分。パソコンは新品同様の動作を始めたのです。故障ではなくちょっとデータの破片が起動の邪魔をしていただけだったのです。急いで妹にパソコン直ったから返却すると電話をかけました。すると妹は既にその日のうちに新しいパソコンを購入したからいらないと返事をしたのです。

真新しい真っ白のノートパソコンは黄月の相棒となりました。黄月には手の届かないような値段のパソコンです。購入して半年も経たない箱に入ったままの美品でした。

黄月は怒りや憎しみや恨みの気持ちを自分の心の中から排除したいのです。それはある日の夢の中で語られた言葉がヒントとなっているのです。黄月の大切な既に彼岸に渡った友人の言葉です。その友人は時々黄月が生き易くなるようにメッセージをくれます。その友人が教えてくれたのです。

パソコンを貰っただけでなく、黄月の周囲が変化し始めています。それは不思議な変化です。何事も上手くいくようになって来たのです。人様の心と黄月の心の距離が近くなったようにも感じるのです。そして全ての出来事や経験を受け入れることができるようになりました。

自分を愛し、人様を愛し、全てのマイナスの出来事から既に解放されているように感じるのです。プライベートでも仕事でも難しい問題が起こってもそれらに不安や恐怖を感じません。上手くいくと信じられるのです。そして結果は思う通りになるのです。

恨み憎しみ苦しみから解放されたいと願う人様はたくさんいらっしゃるでしょう。黄月と一緒に挑戦しませんか?

ただひたすら前向きに考えるのです。辛いこと苦しいこと悲しいことを人様のせいにすることなく、全てを受け入れるのです。どんなに厳しい状況にあっても、人を恨まず、責任転嫁せず、そして自分自身を愛すことです。そうすれば人様は決してあなたを見捨てることはありません。
神様は人の心の中に居ます。
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2009年05月13日

情報を遮断する。

こんばんは、黄月です。今夜は〔情報を遮断する〕について書かせていただきますね。

黄月は自称情報通でした。誰よりも社会経済、地震災害等の情報を持っていないと不安で仕方なかったのです。情報を持つことで世の中の流れに乗って生きていると勘違いしていたのです。

黄月は勘違いしていることに気づいたのです。生きる為の必要な情報はマスコミが伝えるような情報だけではないのです。テレビから流れる情報の質と量を鑑みた時、その情報に踊らされて生きる程おバカな生き方はないと言うことに気づいたのです。

生きる為に不幸や悲哀をそそるような情報は必要ありません。不幸や悲哀が生み出すのは怒りや恐れ、不安や焦燥感などの偏った思考です。そんな偏った思考を齎す情報ばかりを聞いて、世の中の流れを軽視したり評論家気取りで批判することは実にバカバカしいことであり、愚かなことなのです。

黄月はニュースドキュメンタリーが大好きです。今でも最低限度のユースは見ています。ですがその情報を決して鵜呑みにすることはなくなりました。取材側、放送側の魂胆を垣間見、そしてその情報に惑わされることがないように入り込み過ぎないようにします。

人は誰でも一人では生きていけません。ですが過剰に人様に関わること、過剰に人様に求めることは許されないことです。そのルールが分かっている人ならば過剰な情報によって、世の中の流れのマイナスの部分だけをやたらと強調して報道するメディアのあり方に疑問を抱くでしょう。

人の不幸は蜜の味、隣の火事的発想で面白がって苦しみ悲しみ辛さを抱える人様を観察すること程失礼であり無礼なことはありません。人は誰でも火の粉が自分に降りかからないように注意して生きていかなくてはいけません。ですが自分にかかるはずの無い火の粉まで払う必要がありますか?自分に関係のない人様を批判批評する必要がありますか?

メディアから投げられる政治評論家や著名人等の意見や言葉を鵜呑みにして、それを酒の肴とし議論をすることの愚かさ、人様の意見を自分の意見のように誇張し利口ぶって話すことは意味の無いことなのです。

黄月は気づきました。上手くいく流れに乗り切れている人様はメディアに踊らされていません。流行や流行物に惑わされずに生きているのです。流行や流行物に惑わされているから境涯が上がらない?そのような疑問符を持っています。

誰もに欲と我を捨てて生きなさい、とは言いません。ただその自分の思考がメディアから流される情報や流行に惑わされていないか?きっちりと心と魂の管理ができているか?と毎日毎分観察して生きて欲しいのです。自分の思考がマイナスに偏る原因をしっかりと認識し、人様と自分を比べない生き方をしていただきたいのです。

自分は自分、人様は人様。誰もあなた自身にはなりきれず、あなた自身を守る役目は与えられていません。自分を守るのは自分、自分を向上させるのもまた自分でしかないことを忘れないで下さい。

大切な人様を救う為にも、まず自分自身が幸せでなくてはいけません。自分自身が藁にも縋るような状態であれば、愛する人様を救うことはできないのです。自分を愛すことから幸せの感覚は生まれます。まずは一番大切な自分を好きになって下さい。自分自身をとことん愛して下さい。

黄月は自分を褒めてあげます。自分を愛して、自分自身が救われることを願っています。とことん大切な人様を守ってあげたいからなのです。自分の境涯が低いまま、自分の心と魂の位置が低いままではどうにもならないのです。まずは自分自身がしっかりと引き上がることを考えなくてはいけません。

人様と自分を比べることは無意味です。人様と自分を比べる癖の根本は過剰なメディアから流れ出す汚水(情報)にあるのかも知れません。メディアが世の中がせちがらい、生き辛い世の中だと報道すれば、殆どの人様の心の中には『世の中はせちがらいものだ、生き辛い世の中なんだ』と擦り込まれます。そしてその擦り込みが不安や焦燥感を煽るのです。

自分の心の中にマイナスの要因を増産させているのは過剰な情報、興味本位で知りたがる自分自身だと言うことに気づいて下さい。

黄月は1ヶ月間テレビを見ませんでした(天地人だけはビデオで見ましたけれど(笑))。それでも全く生活に支障は来たしませんでした。仕事に必要な情報は必要な分だけをインターネットで知ることができました。

テレビのない生活など考えられなかった黄月です。ですが情報を遮断することで見えた事実現実はとても大きな成果でした。人として生きる術をメディアに求め過ぎていた?テレビからは不幸な情報ばかりが強調されて流されます。見たくない情報が殆どであることにも気づけたのです。

興味のある人様は是非、テレビを見ないという『情報を遮断』する時間を作ってみて下さい。きっと自分自身の考え方が変わりますよ。
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2009年04月19日

恋愛依存症。

こんにちは、黄月です。今日は〔恋愛依存症〕について書かせていただきますね。

黄月の周囲にも恋愛依存症に罹患した人様がたくさん居ます。何よりもまず恋愛を優先させ、恋愛が上手くいかないと何もかもに影響を及ぼします。命を明日に繋ぐ大切な仕事にも身が入らないという状態になるのです。

黄月は恋愛をするな、とは言いません。ですがそのレベルの高低、そして依存性が問題だとお話をさせていただくのです。全てを恋愛に賭けてはいけません。恋愛は必ず成就して結婚をして同じお墓にまで入れるとは限りません。やたらと一つの恋愛に人生の全てを託す、傍に自分の思い通りになる人がいないと不安になるという人様が増えて来たのではないかと黄月は危惧するのです。

最近40〜50歳代男性の恋愛依存性について考えるようになりました。いい加減な年齢であるのに関わらず、いつまでも少年のような感覚で恋愛したがる、そして不倫したがるという人様たちです。離婚率も高いですから、再婚を願う気持ちも分かりますが、あくまでも自分の欲望を満足させることだけを考えている人様がいます。

やたらと年下の女性とお付き合いしたり、結婚している女性と不倫をしたり、結婚できる状態でないにも関わらず「結婚しよう。結婚しよう。」と女性にプロポーズするのです。

年の差にも限度があります。10歳以上離れていれば、今は問題ないかも知れませんが将来は大いに影響があります。老年期になった時のことも充分に考えて結婚しなくてはいけません。将来的にきちんと家計が成り立つか、しっかりと稼ぎがあるうちに子育てが完了するかまで考えて子育ての計画を立てなくてはいけません。

黄月の友人男性は54歳で26歳の女性と結婚しました。好きで堪らないという感情だけで結婚をしたのです。そして友人56歳の時に子供が誕生しました。ん?『この子が20歳になった時にお父さんは76歳!!』心配するのは黄月だけではありません。

現在の雇用状況では60歳以上で正規の仕事に従事し続けることはとても難しいことです。あと数年で定年退職しなくてはいけないのです。友人男性は『大丈夫、かみさんがしっかりしているからね。』と言います。どんなに奥さんがしっかりしていても夫と子供の2人を養うことはかなり厳しいと思います。

数日前にこの友人男性の奥さんと食事をご一緒させていただきました。奥さんの口からは将来の不安、育児に関する不満ばかりが飛び出していました。目をウルウルさせながらお話するその姿はとても哀れでなりません。『将来が怖い。』と離婚を考えているのです。

今年中にも友人男性は定年で退職させられるでしょう。ですが友人男性はまだ再就職の先も決まっていません。なのにいつも笑顔で暢気に構えて、奥さんの真剣な相談話も聞き流すと言います。そして決まって「何とかなるさ。」と。

何とかならなかったらどうするの?と黄月は思いきって友人男性に聞いてみました。すると答えられないのです。答えられるはずはありません。仕事を転々と変えて退職金も殆どないのが現状です。年金を貰えるまでにはまだ時間があります。

好きだ、愛している。だから結婚するのが当然??

本当に好きならば、その人様の人生そのものを慈しむ気持ちが必要です。恋愛は愛情だけ持てれば充分でしょう。ですが結婚は愛情だけでは不十分です。愛情よりも慈愛の精神を要求されるのです。

どんなに好きでも、好きな感情だけで結婚してはいけないのです。好きという感情は永遠に続きません。永遠に続くのは慈愛の感情だけです。大切な人様を守る、大切な人様の為に生きるという気持ちを長続きさせることはとても難しいことです。

自分の欲望の為に人様が存在しているのではありません。自分の思い通りに生きることが幸せではありません。時には苦しい辛い悲しい決断をすべきであり、それが慈愛です。

恋愛依存症に陥りやすい人様は何度も離婚を繰り返します。一つ一つの経験を反省しないから同じ失敗を繰り返すのです。結婚していても伴侶以外の異性を好きになったり、と自分の愛欲のスイッチが壊れてしまう状況に陥っているのです。これは一種の病気だと言えます。

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2009年04月05日

ゆるす勇気。

こんばんは、黄月です。今夜は〔ゆるす勇気〕について書かせていただきますね。

黄月の今の課題は〔ゆるす〕ということです。娑婆世界では管理職として上司と部下の狭間で悪戦苦闘を繰り返しています。時には上司にも堂々と苦言を呈すその姿を見れば、誰も黄月がストレスを感じているとは思わないでしょうけどね(笑)。でも実際は強いストレスを感じているのです。

黄月が今の病院就職した理由は、夢の中で『○○病院で働きなさい。』というメッセージを受けたからです。病院改革の役目を背負っていることは重々承知の上のことだけど、余りにも役目が重労働で責任が重い為、ストレスは溜まる一方なのです。

黄月は最近、「ゆるせない症候群」に罹患してしまったようです。何だか分からないまま何もかもが〔ゆるせない〕ような気になってしまうのです。ただただイライラしてしまうのです。全てのことが〔ゆるせない〕ような、何もかもが穏やかに受け取れないような感じです。

今日も病院に仕事に行きましたが、体調も充分でないし思い切って早めに仕事を切り上げました。そしていつもの量販店で夕食の惣菜を買おうと立ち寄りました。御木幽石さんのグッズコーナーの前でふと立ち止まりました。黄月はお地蔵さんグッズが大好きです。家の中には、幽石さんのお地蔵さんのカレンダーやパネルをたくさん飾っています。しばし量販店で優しい時間を過ごさせていただきました。

幽石さんの書く優しいお地蔵さんの表情やメッセージは黄月の疲れた心を温かく包み込んでくれるのです。今日は特別何を買おう?ていう感じではなく展示されているパネルなどのメッセージを順番に読みました。すると、何だか心にジーンと染み込むのです。お地蔵さんの絵とメッセージが心のドアを叩き入って来たのです。

そうだ、黄月に足りないのは〔ゆるす勇気〕なんだ。そう思わせてくれたのです。黄月は部下や上司には細心の気配りをしている『つもり』でした。ですが『つもり』では人様の心には伝わりません。自分の都合で人様を動かそうとしていることに気づきました。

自分を変えることはできても、人様を変えることは容易くはありません。まして人様の心を思い通りに操ることなんて不可能です。人様の心を自分の方向へ向かせるには、自分自身が変わるしかないことは誰よりも良く知っている黄月のはずでした。

黄月のパソコンデスクの横に幽石さんのカレンダーがあります。4月は「大切なのは信じる心。もっと大切なのはゆるす心。」と2体のお地蔵さんがニッコリと微笑んで教えてくれています。忙しくてカレンダーを見る暇もなかったのです。メッセージは身近にもあったのです。でも気づかなかったのです。

苦しい辛い悲しい忙しい気持ちが先立つ時こそ、笑顔にならなくてはいけません。無理にでも笑顔になろうとすると、気持ちもそれに感応しようとします。忙しさをやり過すには、気持ちを引き上げないといけません。お地蔵さんはニッコリと微笑んで教えてくれました。
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2009年03月28日

仕事を楽しもう。

こんばんは、黄月です。今夜は〔仕事を楽しもう〕について書かせていただきます。ご一読下さい。


黄月の暮らす町でも桜が見ごろです。毎年桜の咲く頃になるとカメラを持ってポンコツ君で遠出していた黄月です。でも、今年は多忙で仕事場との道中の桜を楽しむくらいしか余裕がありません。でも、今年も桜は綺麗に咲き誇り、黄月の心を癒してくれます。

黄月は桜の季節になると伊勢神宮へお参りしたくなるのです。春は毎年再出発を意識させてくれる大切な時期なのです。今年も4月に伊勢神宮参拝を計画しています。伊勢神宮と桜は黄月の心の故郷であり、出発点でもあるのです。

春になると黄月はとても涙もろくなります。春は2人の大切な人を見送った季節だからです。黄月の人生を変えた大切な人、そして父親を見送りました。過去を振り返るのは好きではありませんが、この時期だけはどうしても思い出と語らいたくなるのです。

毎日の忙しさの中で時折、何かを見失っている?何か大切なことを忘れている?と気になることがあります。そんな時は立ち止まって宝探しを始めます。以前ならば忙しいから立ち止まる暇はない、立ち止まっているとその間に誰かに追い抜かれると不安で仕方がなかったのです。ですが、忙しいなりにも周囲の人様に良い評価をされて、人様のお役に立てているかもしれないという安堵感を感じられる今は立ち止まることは怖くなくなりました。

宝探しをするには心に余裕が必要です。がむしゃらに動いてばかりいては心はかちんこちんにかちばります。そのことは充分に知っていても、実際には動き回るよりも立ち止まる方が勇気がいるのです。黄月もサラリーマンです。働かなければご飯を食べることができません。でも働くしかないというようには考えていません。

働くことは苦にはなりません。働くこと自体が今の黄月にとっては趣味のような感覚になっています。働くことは辛くてしんどいことですが、その為に何かを犠牲にしているように錯覚するからそのように悪く考えてしまうのです。

毎食を喜びの中で戴き、仕事をさせてもらえることに感謝すれば、どんな辛い苦しい仕事にも喜びは感じることができるのです。黄月は最近仕事が趣味の域に入って来たな、と密かに喜んでいます。働くことに喜びを感じることができれば、これ以上の幸せはないと友人(僧侶)は言いました。好きなことをして人様のお役に立てる、人様を支えることができるなんて本当に素晴らしいことです。心と魂と肉体のバランスを保つ為には最高の生きる道であると黄月は思います。

毎日毎日同じ一日が与えられている訳ではありません。同じ仕事を反復させられている、毎日上司からお小言を聞かされて辛いと考えている人様は物事の見る視点を変えなくてはいけません。同じ視点で同じ感覚で物事や人様を判断するから、毎日毎日同じようにしか過ごせないのです。人様は人様、自分は自分と割り切って自分が日々進化していることを意識して下さい。誰でも心は過去に戻れても肉体は過去には戻れないことを強く意識して下さい。今は戻って来ないのです。一瞬一瞬を大切に過ごして下さい。

最近の黄月のマイブームは読書と音楽鑑賞です。欲張りな黄月は骨伝導ヘッドホン音楽を聴きながら人様と会話をし、そして本を読んでいます。仕事場でも正規の勤務時間が終われば音楽を聴きながらお菓子を食べながら、仕事をしています。以前のようにイライラしながら仕事をすることが嫌になったのです。イライラしてこなせる仕事量と余裕を持って楽しみながらこなせ仕事量を自分なりに比較してみたのです。

すると結果は全く同じでした。イライラしながら仕事をしていると何だか自分が惨めに思えます。『何で黄月だけが残業しないといけないの、何で黄月だけがこんなに辛い目に遭うんだろ。』と心の中で愚痴をこぼしてしまいます。

何でも人様以上にやらないと気が済まないのは黄月の我侭です。人様と自分を比べてしまう癖は一生治らないでしょうから、自分で何でも人様以上にやろう、それについて人様を責めないようにしようと心に決めている黄月です。ですがまだまだ未熟者ですから、時には迷いと憂いの中にどっぷりと浸ることもあるのです。

黄月は辛い時期に音楽を聴くことで随分と助けられて来ました。辛い苦しい悲しい気分の時は、人様の励ましどころか声も聞きたくないと感じる黄月の心を癒してくれたのは音楽なのです。そして気持ちの切り替えをさせてくれたのが勉強することと読書なのです。ストレスが溜まればやたらと読書をして気持ちを切り替えます。

そしてその読書の中からたくさんの学びと智慧を得ることが喜びでもあるのです。読書の中に生きるヒント、再生のポイントを見つける黄月です。黄月は1冊の本を読むのに1時間かかりません。本屋さんで丸1冊を立ち読みするくらい速読できます。ですが黄月にとって必要な本は本屋さんの棚の中から『お家に連れてって』と言わんばかりにアピールをして来ます。

そしてじっくりと読み進めると何らかのヒントやひらめきへと繋がるのです。仕事の辛さ苦しさが読書の原動力となっている?=読書は生きることの原動力?ならば仕事しているからこんな素晴らしいヒントやひらめきが得られると素直に喜べる黄月です。

読書だけでなく仕事に打ち込める原動力となる何かを見つければ良いのです。仕事をしっかりと楽しめる何かを探して下さい。それは幸せ探しをするよりもきっと容易く、得るものも大きいことでしょう。

恋愛や買物やギャンブルに依存するならば、仕事に依存することの方が安全で健全だと思います。そして仕事を趣味にすることができれば、一日中楽しく喜びの中で過ごせます。こんなに素晴らしい生き方はないと思います。以前は仕事を趣味にするなんてナンセンスと考えていた黄月です。ですがそれなりに長くサラリーマンを続けているとそれなりに知恵も身に付きます。それなりに世渡りも上手になって来ました(笑)。

若い人様たちに仕事が好きになって欲しいと願っています。仕事は苦しい辛いだけではありません。自分と大切な人様の糧を得る為の大切な手段であり、大切な人様を幸せにする為の唯一無二の方法なのですから。黄月には大切な人様がたくさん居ます。その人様の幸せの為に、その人様を幸せにすることが黄月の生き甲斐なのです。苦しみ辛さをそのままの苦労として受け取るよりも、大切な人様への奉仕、慈愛を実践しているのだと考えればそれは喜びであり不苦労と思えるようになるのです。

恋愛や愛情では人様を救うことも幸せにすることもできません。人様を救えるのはそして幸せにするには慈愛の精神しかありません。大切な人様の為に耐える精神もまた慈愛の精神なのです。人様を幸せにするにはまず自分が喜びと楽しみを感じていなくてはいけません。喜びや楽しみを探し回るよりも、目の前にある身近な現実自体を喜びや楽しみに替える模索をしてみるときっと面白いと思いますよ。
posted by kougetu at 23:51| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする